セカミタ
議論

ブラジル人インフルエンサーの「ツリ目ポーズ」投稿がきっかけ?シム・リウの指摘に海外で議論

2026-07-03
PHOTO ▸ 多様な人々が集まり、社会問題について話し合う様子 (Photo by Vitaly Gariev on Unsplash)

俳優のシム・リウ(Simu Liu)は、目尻を横へ引いて目を細めるジェスチャーについて、そもそも許される行為ではなく、2026年にはもう行わないよう求める強い言葉を大文字で投稿しました。その発言を紹介したRedditのr/Fauxmoiでは、ジェスチャーを人種差別としてどう受け止めるべきかが話題になりました。

シム・リウ本人は、投稿が何を直接指したのかを示していません。Redditの返信では、ブラジル対日本戦後にブラジル人インフルエンサーが同様のポーズを投稿した件を見た可能性が挙げられましたが、返信したユーザー自身も「確かではない」と留保しています。両者の直接の関連は確認できないため、本記事でも断定せずに扱います。

以下では、掲載コメントを、当事者が受けた傷、子供による模倣、職場や大人数の場での広がり、そして行動を止めて学びへ変えた例に分けて見ていきます。

今回の編集部チャット
セカ姉27歳・調査・検証担当
ミタ兄27歳・企画・論点整理担当
編集長42歳・編集長
セカ姉

発言の背景が示されていない以上、特定の投稿がきっかけだったとは断定できません。まず、そこは切り分ける必要があります。

ミタ兄

ただ、シム・リウが批判したジェスチャーそのものをどう受け止めるかは、きっかけを確定できなくても考えられる。

セカ姉

『冗談のつもりだった』『子供が真似しただけ』という説明と、受けた側に何が残るかも別の問題です。

編集長

行為者の意図だけでなく、繰り返し同じ標的にされてきた人の経験まで見なければ、なぜ強い批判が出るのかは分からない。

ミタ兄

それに、子供や大人数の場で広がるなら、個人の悪意だけでは説明しきれない部分もありそうだ。

セカ姉

模倣、周囲の反応、止める人の有無ですね。掲載コメントを、被害の経験と広がりを止める条件に分けて見てみましょう。

海外の反応

12件のコメント|海外掲示板より翻訳

『子供っぽい仕草』では終わらないという指摘

これは単なる子供っぽい仕草ではなく、人種差別的な行為です。子供の頃から繰り返し見てきた人々にとって、根深い問題です。
2026年現在も、このような行為が続いていることに驚きを隠せません。

子供時代と身近な場に残った傷

先日サマーキャンプで工作の指導をしていたとき、子供が寄ってきてあのジェスチャーをし、「私の目が変に見える?」と聞いてきました。私が「いいえ」と答えてそのまま作業の説明に戻ると、その子は4歳くらいでしたが、リアクションが得られないと分かったのか、それ以上やるのをやめました。
まだこんなことをしている人がいるなんて信じられません。私は20代後半ですが、学生時代に学校でこのジェスチャーを使って私をいじめていた人たちがいたのをよく覚えています。
私の子供時代で最も傷ついた瞬間の一つは、ベビーシッターとして雇われた先の子供たちからこのジェスチャーをされたことでした。これより酷いことも経験してきましたが、あの時は「本当に?こんな小さな子供まで?」と深く落ち込みました。
子供の頃にカトリック系の学校に通っていたのですが、皮肉なことに、まったく多様性のある環境ではありませんでした。クラスメートから「なんでそんな変な目をしているの?!」と聞かれたのを覚えています。ハーフ(ミックス)だと説明すると、「ああ、だから普通の目じゃないんだ!」と言われました。さらに「目が細いから、ちゃんと見えてないんでしょ」とも言われました。本当に最悪な経験でした。同じような経験をされた方には心から同情します。

職場と集団の空気が許すもの

今でもこうした差別的な行為をする人は間違いなく存在します。特に私の職場がそうです(笑)。トレーナーのひとりが大げさな中国語訛りの英語を真似して、それがクラスで大ウケしていました。本当に悲しい現実です。
スポーツイベントに限らず、大人数のグループは人々に安全な感覚と集団の匿名性を与えます。もしグループ内の十分な人数が問題行動を許容していれば、そのグループは問題行動で溢れかえるでしょう。しかし、反対する人が十分に多ければ、その行為は止まるか、排除されるリスクを負うことになります。その分岐点となる割合はおよそ半数だと考えています。

傷つきへの共感と、教育による介入

本当に、これ以上ないほど最悪な気分になります。
本当にひどい話です。私が小学校で教えていた2012年頃、様々な文化の音楽を流していたら、生徒の一部がこのポーズをして飛び跳ね始めました。私は愕然とし、すぐに止めさせて、それを真剣な学びの場としました。彼らはそれが間違っていることを理解し、反省した様子でした。また、家族と一緒に見ていたスペインの番組の真似をしただけだと説明してくれました。さらに、学校全体の95%がラテン系で、彼らの身近には多様性がほとんどなかったことも影響しています。意識の向上によって状況が改善されることを望みますが、2026年になってもこうしたことが起き続けているのは信じられません。
原文

Ugh that’s really awful. Back when I used to teach elementary, (2012) some of my students started doing that and jumping around once when I was playing music from different cultures. I was horrified! I stopped them right away and used it as a serious teachable moment. They seemed to understand it was wrong and felt badly about it. They also explained that they were copying something they watched on a Spanish show they watched called Cero en Conducta. This type of stuff was perpetuated on shows the kids watched with their families so of course they would do it. Plus there was basically no diversity in their immediate circles since the whole school was basically 95% Latino. I’m hopeful that that things can get better with more awareness, but it’s wild to me this stuff keeps happening in 2026.

このコメントの英語表現を解説 →

大文字の警告が必要な現状と大会中の指摘

人々が未だにこの行為を行っているために、彼(シム・リウ)がわざわざ大文字でこれを書かなければならなかったという事実こそ、今年一番の真の心理的ホラー映画のようです。
ワールドカップの期間中、日本や韓国の試合でこのポーズをしている人々の動画がいくつか出回っていた、という指摘もありました。
ひとこと英語:teachable moment
↑ 元のコメントを見る
直訳
教えることのできる瞬間
今回の意味
出来事を、その場で学びにつなげる機会
解説
失敗や問題行動が起きたとき、ただ叱って終えるのではなく、理由を説明して理解につなげる好機を表します。今回は教師が差別的な行為を止め、その場で教えた場面です。
使用例
The mistake became a teachable moment.(その失敗は学びの機会になった)

編集部のデータ帳

掲載コメントから整理する、議論の五つの層

掲載コメントから整理する、議論の五つの層
視点この記事で確認できる内容
行為目尻を引き上げ、目を細めるジェスチャー
受け手の経験学校、子供の世話、職場での傷つき
広がる経路模倣と、集団内で許容される空気
止める働きその場での制止、説明、周囲の反対
確認上の留保シム・リウの投稿が何を直接指したかは未確認

対象期間: 2026年7月のスレッド

定義: 掲載コメントが扱った経験と論点を整理したものです。個別事例の因果関係や社会全体の割合を示す統計ではありません。

出典: Reddit / r/Fauxmoiの掲載12コメント

ミタ兄

学校でのいじめから職場の物まねまで、同じ形の侮辱が年代も場所も変えて続いているという体験が並んでいた。

セカ姉

だから『幼い仕草』という見た目だけで軽く扱えないんです。受け手には、過去の経験まで重なって届きます。

編集長

子供がテレビなどを真似したという話も、害がないという証明ではない。むしろ、どこで覚え、誰が止めるのかを考える材料になる。

ミタ兄

教師がすぐ止めて説明した例では、子供たちが間違いを理解したという話もあったね。

セカ姉

集団についてのコメントも同じです。周囲が笑えば許容の合図になり、反対する人がいれば抑止になる。

編集長

一人の意図だけを見るのではなく、受け手の経験、模倣の経路、周囲の反応まで見ることで、議論の焦点がはっきりする。

セカ姉

そして発端が未確認であることと、行為への批判が必要であることも混同せずに受け止めたいですね。

編集長の総括

この議論で重く受け止めるべきなのは、同じジェスチャーが学校、子供の世話をする場、職場など、異なる時期と場所で繰り返されたという当事者の経験です。行う側には悪意がなかった、あるいは子供が何かを真似しただけだったとしても、受け手が過去に受けた侮辱や孤立感まで消えるわけではありません。一方、教師がその場で止めて理由を説明し、学びへ変えた例は、模倣された行動が固定される前に周囲が介入できることも示しています。また、集団内で笑いが起きるか、反対する人が現れるかという空気も、行為を広げるか止めるかに関わります。なお、シム・リウの投稿が特定のブラジル人インフルエンサーを直接指したかは確認できません。発端の推測と、行為そのものへの評価は分けて扱う必要があります。

出典

※ 元の投稿者名(ユーザー名)は表示していません。コメントは翻訳・要約のうえ掲載しています。